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セカンドチャンス論をひろめましょう!

 投稿者:よしゅあ  投稿日:2019年12月 7日(土)18時07分28秒
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  中村哲さんのアフガニスタンでの悲運に、深い悲しみを感じます。
私は、隣人愛を多く実行してきた人や、不運な人生に苦しんだ人が地上の人生を終えるとき、いつも「天国かよみの慰めの場所に行きますように。よみに行った場合は、よみで主の慰めを受け、主を信じて第一の復活になるように」お祈りしております。
貴誌1月号を読みましたが、海外でもセカンド肯定論が広がっていることは、とても素晴らしいことだと思います。日本の牧師でも、「未信者だったまま死んだ人のすくいの機会については、正直言ってわかりません」という人はまだ少なくありません。もっとどんどん広めていきたいものです。
肯定論が初代教会から続くキリストの教えであることは、次の聖書の基本的・重要な教えを理解していれば、誰にでも容易にわかるものだと思います。
1. キリストのあがないの目的。2.キリストのよみくだりの目的。この2点です。
すくいとは、私たちが天国にはいれることを言うのです。
1.キリストのあがないの目的は、私たちのすくいのためです。つまり、私たちが天国に行けるようにするためです。キリストのあがないによらなければ、誰もすくいをうけることはできません。つまり、天国に行くことはできないのです。そうしますと、「キリストのあがないがあるまでは、人はどうしたって天国に行くことはできない」ということがわかります。なので、あがないの前に死んだ人は、ヤコブやヨセフたちのように信仰があり神から愛された人もふくめ、すべて「よみ」に行っていたのです。
私たちは、キリストのあがないを信じ、正しい悔い改めをすることによって天国に行けるのです。しかし、あがないの前に死んだ人は、あがないを信じることが不可能ですし、アブラハムやイザヤやダビデなどの例外を除いてキリストを見聞きすることができず(ヨハネ8:56、12:40~41、イザヤ6:4~10、使徒2:31)、キリストを信じることそのものができません。あがないがまだありませんし、あがないを信じることもキリストを信じることそのものもできないのですから、どうしたって天国に行けるはずがありません。このため、みんな「よみ」に行っていたのです。
もし、あがないの前でも天国に行っていた人がいたとしたら、”キリストのあがないによらずにすくいをうけた”、”あがないを信じることもキリストを信じることそのものもしていないのにすくいを受けた”、”私たちがすくいを受けるためには、キリストのあがないはなくてもよい”ということになってしまいます。これでは、聖書の教えを根本から否定することになってしまいます。
2.キリストのよみくだりの目的は、「よみにいる人々に福音を宣教するため」と、「私たちキリストにしたがうすべての人の身代わりとして最悪の刑罰を受けるため(父なる神様から見捨てられるため)」です。
この2点を理解していれば、明らかに肯定論が初代教会から続くキリストの教えであることは、誰にでも容易にわかることです。
いまだにごく一部の教団・牧師で肯定論を口汚く悪口を言う人がおりますが、
1.ヤコブは自分もヨセフもよみに行くものと理解していましたし、息子のユダも同様に理解していました(創37:35、42:38、44:29~31)。ヤコブやヨセフがよみですくいを受けられるように信じて祈ったら、悪いことになるのでしょうか?創世記にウソが書かれていたと信じなければ悪いことになるのでしょうか?
2.「よみから引き上げてくださる」(サムエル上2:6)、「深いよみから私の魂をすくいだしてくださいます」(詩86:13)、「よみでも主がいてくださる」(詩139:8~10)、「死んだ人にもいつくしみを惜しまれない主(よみに行った人にもいつ くしみを惜しまれない主という意味)」(ルツ2:20)と明確に述べられています。これらのみ言葉をそのまま信じたら、悪いことになるのでしょうか?これらのみ言葉はすべてウソであると信じなければ、悪いことになるのでしょうか?
3. 自分の家族が未信者のまま他界したら、家族のすくいを信じて祈ることは悪いことになるのでしょうか?「誰も私の家族のすくいを信じてはいけませんよ。私の家族のすくいを信じたらキリストが怒って罰しますよ」と信じなければならないとでもいうのでしょうか?
4.自分の教会の牧師の家族が未信者だったまま他界したら、「私たちの牧師の家族は地獄行きです」「私たちの牧師の家族のすくいを信じてはなりません。そんなことをしたら神が怒って罰します」「私たちの教会は、地獄行きの人物の家族が牧師をしています」と信じなければならないのでしょうか?
5.他の教会員の家族が未信者だったまま他界したら、「私たちの教会員の家族は地獄行きです」「私たちの教会員の家族のすくいを信じてはいけません。そんなことをしたら、神が怒って罰します」と信じなければならないのでしょうか?
6. マザーテレサは、他宗教の人に決して改宗をすすめなかったと聞いています。しかし、他宗教の人が他界したときは、その人のすくいをキリストに祈っていたに違いありません。マザーテレサなら必ずそうしていたことでしょう。
マザーテレサは、貧困や病気に苦しんでいる人を、宗教に関係なく、「変装したイエスである」と考えてつくしてきたと聞いています。たしかに、他宗教の人でも、死んでよみに行ってからキリストを信じればキリストの子になれるので、決して間違いとは言えません。しかし、否定論者は、こうしたマザーテレサの考えも、悪いことになるとでもいうのでしょうか?
否定論者は、主に聖書の初心者をターゲットにして大ウソを教えているものです。否定論が明らかに大ウソであることを自分たちもよくわかっているのです。なので、”肯定論をとても悪い考えであるかのように口汚く悪口を言うことによって、あたかも否定論が正しいように見せかけている”ものなのです。他者を貶めることによって自分たちを正当化しようとする手法なのです。初代教会から続くキリストの教えとキリストの子を口汚く冒とくしているものなので、まさに偽善者であり、非常に罪の重い連中だと思います。
否定論をどうしても悔い改めない人は、すでに、あるいは最初から、”自分はすくいを受けられない、自分の名前は命の書に載っていない”ことを覚悟しているのではないでしょうか?そのうえで、”自分と同じようにすくわれない人を増やしたい”が本音なのではないでしょうか?
 
 
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