teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
  題名 ※管理者の承認後に掲載されます。
  内容 入力補助画像・ファイル<IMG>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ] [ 検索 ]


蛇の子孫で検索

 投稿者:ハブヒア  投稿日:2018年 2月18日(日)11時33分45秒
  エデンの園でサタンは蛇に化けてアダムとエバを騙していますね。
人を欺く詐欺師達の手口はこのやり方と同じです。

やけに気になって、蛇の子孫で検索したところ下のような聖書解説のブログが見つかりました。
これなら聖書を読んだ事のある人にはすんなり頭に入りやすいかなと思いました。

https://books.google.co.jp/books?id=DUo8BAAAQBAJ&pg=PT60&lpg=PT60&dq=%E3%81%B8%E3%81%B3%E3%81%AE%E5%AD%90%E5%AD%AB&source=bl&ots=4TOm_mA1GV&sig=c0fkgM4J_hW0rwPfz9S1zO5e_eg&hl=ja&sa=X&ved=0ahUKEwi12sSbqa7ZAhVLbbwKHVC3AasQ6AEIRDAG#v=onepage&q=%E3%81%B8%E3%81%B3%E3%81%AE%E5%AD%90%E5%AD%AB&f=false

 
 

信仰の芽を摘を摘むものに注意かな

 投稿者:ハブヒア  投稿日:2018年 2月17日(土)22時22分8秒
  宮本さんの言われる事は私も共感します。
私も神の国に入れる自信はないし、できればせめて魂が苦しまないように完全滅ぼして欲しいと思います。
これは誰もが生まれながらに持つ原罪ゆえにこういった救われないだろう感覚に至る事も無理はないとも思うんですよね。
けど聖霊を受けていなければ神の元になど来ないと思う気持ちもあります。
私も聖霊に時々不信感を持ったり言い逆らったりしてしまうけど、これはまだ信仰が弱いって事ですね。
サタンとその配下にいる悪霊達に信仰の芽を摘んでしまわれないように、神に救いと哀れみを願いつつ邁進してゆきましょう。
生きてゆく上で辛い事や嫌な事がある度に(それは毎日の事で)毎日聖書関連の記事を読んでいます。
主イエスは、私の事で二人以上の者が語っている時は私もその中にいるのだ
と言われていますからね。
神に迷う事も多々あっても神の話は楽しいですよ。


 

神が手招き・・・

 投稿者:宮本  投稿日:2018年 2月17日(土)12時18分40秒
  そう言って頂けるのはうれしいですが、やはりそうは思われません・・・
神もキリストも私については「私はあなた方のことはまったく知らない」と言うと思います。キリスト教徒の予感として患難・再臨・千年王国の到来が近いという説があります。また世の中の趨勢として資本主義・消費優先・物質中心という価値願が終わって新しい時代が近いという説もあります。新しい時代はともかく神が創造する新しい天と地、老いも病も死もない完全な世界に参入するのは私には無理です。私の場合、神の国に入ることはできなくても地獄に放り込まれるという最悪の運命は免れ、この世界を放浪しながら少なくとも個人的に真理を追究することくらいは許されるような、それだけで私には十分すぎる福音です。ユダが救われるなら私にももっと希望があると思うのですが、聖書正典にそういう説はありません。

>私が紹介したサイト少しずつ読んで下さい。

あ、はい。紹介してもらっておきながらすみません。弱音になりますが私は論理的な思考には少し自信がありますが集中力や注意力には欠けていて、文章は読むのも書くのも遅いです。でもがんばりますので・・・
 

再三の投稿で失礼しています。

 投稿者:ハブヒア  投稿日:2018年 2月16日(金)19時47分39秒
  宮本さんは神が手招きしている証拠として、とても聖書について勉強熱心である事が証拠です。
多くの人は神の存在を話しても関心の感の字程の反応もないです。
宮本さんが神を知るきっかけをどこかで得て即座に自分の内に取り込めたらその証拠ではないですか。
教会に行き洗礼を受けた人だけがクリスチャンではないです。
新約聖書のどこかに書いていたし、久保先生の記事でもその事について書かれています。

私が紹介したサイト少しずつ読んで下さい。
ミカエル小栗さんは調理師出身の、自宅が教会の精霊派の牧師です。
精霊派というのは少し抵抗はあるけど、小栗さんの母親が認知症から回復したとか、生活苦の時にお米が減らなかったなど書かれています。
50歳過ぎてクリスチャンの援助で生駒聖書学院に入学できた人です。

神を見ないで信じる者は幸いだと書いているけど本当に辛いものがあり、常に気持ちのどこかでは騙されているのではないかと思う事は正直あります。
騙されていたのではなく聖書は真実だったと分かる時が来る日あるのか
ないのか。
 

早速

 投稿者:宮本  投稿日:2018年 2月16日(金)15時33分33秒
  セカンドチャンスについての記事を読みました。言葉自体は以前から知っていたのですが内容にはピンときていませんでした。しかし今回読んでみるとこれは非常に合理的な理論です。つまりよみの国にもキリストの影響力は存在し、よみに入った人はただ苦しむだけでなくその積極的な力に浴する余地があるということと思われます。つまり地獄とは神に捨てられた場所ですがよみはそうでないということです。そして私の理解が正しければ「よみ」と「セカンドチャンス」と「最後の審判」は三つで一つと考えていいようです。最後の審判があるのはその時点で天国か地獄かが定まっていない人がいるからです。またセカンドチャンスがなければよみはただ単に地獄に落ちる人がその前に落ちる地獄というだけのものになり、存在する意味がありません。そしてまたよみが基本的に苦しい場所であり、そこに手加減がないのは自由意思と責任という概念があるからです。つまり自分が生み出した闇や暗黒はすべて自分に返ってくるということです。「彼は呪うことを好んだのから呪いは彼自身に返るように。祝福することを望まなかったのだから祝福は彼を遠ざかるように」とある通りです。死と罪に定められても決然と運命を受け入れるという余地が人間には残されているようです。死刑囚と言えども完全な絶望はありません。ただ思うのは、よみでキリストの力に触れた者がすぐに天国へ入ることはできなくてもその苦しみを免れ「た・・・助かった?」というような状態に至ることは可能なのでしょうか?私はそういう場合があってもいいと感情的に思うのですが・・・

>私は紹介したサイトの記事も全部読みました。
>もう一方のミカエル小栗さんのブログも全部読みました。

え?そ、それはすごい。
 

宮本 様

 投稿者:ハブヒア  投稿日:2018年 2月14日(水)12時28分21秒
  宮本さんは35歳でしたか!老成じみて落ち着いた印象から定年退職された人だろう?!!と思っていました。
私は聖書を知ってから35年ほど経過します。
聖書そのものを読んでも難しくて、、、ネット上には聖書の記事も沢山ある事を知ってから再勉強の日々です。

肉体は滅びても魂は滅びないと聖書に書かれているので、死刑囚になって肉体が滅びても魂まで滅ばないはずです。
最後の審判の時に、永遠の命に入るか又は火と硫黄の燃える池で永遠に責め苦に合うのかのその前の段階で過ちを犯した人が行く黄泉の国という場所で再教育があると久保さんの記事に書かれていて私は信じたいです(セカンドチャンス)。
極悪犯がどうして罪人になってしまったのか色んな背景があるので、それを考慮せずに地獄に送るのは愛の神ではないと思うからです。

キリストが心の扉を叩いても私たちが応答しないで神の存在を忘れてしまえばそれまでだとも言えるし、蒔かれた信仰の種がある間はいつか又信じる思いが目覚める時があるかもしれないし。

私は紹介したサイトの記事も全部読みました。
もう一方のミカエル小栗さんのブログも全部読みました。
聖書の記事を読むのは楽しいけど、一旦寝て覚めると非常な虚しさもあります。
多分、神を見たような経験は皆無だからです。
願っても奇跡は起きません(苦笑)が、キリスト馬鹿である事は確かです。


 

これはどうも・・・

 投稿者:宮本  投稿日:2018年 2月13日(火)10時26分41秒
  お誉めにあずかり光栄です。でも聖霊ですか・・・私は最近ようやく善悪の判断ができるようになったかなと思っているくらいです。三十五でそれなんですからまだまだ先は長いですね。
『True Ark Bible』を拝見しました。久保先生に負けず劣らず鋭い内容です。やはり私は死後の世界や地獄の実在に興味があるので関係ありそうなコンテンツを二、三読んでみました。このサイトの「なぜ滅びる人がいるのですか」にも書かれていますけどやはり人間の自由意思というのは重要な概念のようです。キリストが私達を一方的に選ぶのではなく、私達がキリストを選ぶからこそキリストも私達を選ぶと考えていいようです。しかし久保先生は「もしあなたが救われたいと思うなら、それ自体、あなたには救われる可能性がある、ということです」と仰っていますけれど、それはどこまで有効なのでしょうか。罪を犯して服役していた人が出所し、苦労しながら生きている内に信仰に目覚め、神に導かれて生きるようになる・・・ありそうな話です。しかし死刑囚とかになってしまうと果たしてどこまでやり直しが可能でしょう。またユダにも少なくとも聖書の中では再出発の機会は与えられませんでした。よく「やり直しの効かない人生はない」と言いますけど、それは真理でしょうか。
 

宮本様へ

 投稿者:ハブヒア  投稿日:2018年 2月11日(日)21時12分48秒
  仏教の僧侶が言うには、人が死んだ後は無だとしか言いようがないと言っていて虚しい響きだと思いました。
創価学会の永遠の命とは輪廻転生だと教えているそうで、どれも聖書に書かれている事とは決定的な違いがあるなどから多くの人は一体何を信じて良いのか迷っても仕方がないと思う節もあります。
けど私自身はやはり聖書は神の霊感を受けて書かれていると思います。
その事を純粋に信じ切れるのは、天地と自然界の絶妙なバランスです。
それに自然界に生息する生き物も誰にも教えられないのに生きる上での本能的な知恵を持っている事に関心するし、神の創造物だと信じ切れます!!!
それ以外は私も聖書に書かれた事に迷うこともあるし、宮本さんも書かれていたように最後の審判で救われる気がしないとか、それ以前の千年王国に入れる自信などありません。
それは私が思うに、人は皆な生まれながらにアダムとエバから受け継いだ原罪を持っているゆえだと思います。
だからローマ法王だろうと、皇族だろうと、どこのどなたであろうとも家柄、職業、学歴、身分等で人を見上げたり見下げたりする事は全くないです。
私自身も間違いなく罪人だという自覚は神と悪魔が近くなればなる程思い知らされます。


宮本さんは柔和で勉強熱心なので神の聖霊を受けているように感じるのです。
聖霊によらなければキリストは主だと言えないと聖書に書かれています。
キリストは主だと宮本さんが言えるならそうだと思います。

バチカンの地下にはルシファーの絵が飾られているとか悪魔の崇拝をしているとかネット上には書かれていて、キリストに背乗りした獣だとしている何か虚しいですね。

下の二つは私のブックマークしている聖書の事が書いてあるURLです。
http://true-ark.com/bible-god-rescue-plan/

この方はプロテスタントの信者のようです。

この方は単立教会の牧師さんのブログです。

http://michael-mind.blog.jp/
マリアを信仰の対象にするのは誤りだとは指摘した記事もあるけど、
あくまで神は人の心の内を見られると信じたいとも書かれています。
サタンの惑わしからそうなっているとすれば信者には罪はないと思うけど、いつまでも聖霊に言い逆らって反省も成長もしなければやはり裁きに定められるのかもしれないとは思ってはいます。
どうか皆さんが真実に目覚めるようにと願いたいです。
 

この世の終わりについて

 投稿者:宮本  投稿日:2018年 2月11日(日)19時11分52秒
  少し暗い話になりますが、私は時々「第三次世界大戦が起こる」「富士山が噴火する」「金融崩壊が起こる」といった噂話を聞いて心躍らせることがあります。そうした混沌が実現することによってこの世界がいったんリセットされ、かつて人間が神々や森や大地と共存していた頃の世界に戻れるのではないかと夢見るからです。そしてそうした予言はたいてい外れます。それに落胆すると「なんだかんだ言って神は何もしない」「世の終わりなどない」「この世界の暗黒と腐敗、狂気はこれからもずっと続く」という諦念の中に沈みそうになります。
しかし神の勝利は「予定」ではありません。「決定」です。それはもう決まっていることです。たしかにそれがいつかはわかりません。しかし人間は古い秩序の終わりを信じ続けなければなりません。その日を恐れなければならないのです。そしてその日が訪れれば非常に多くの人が「まさか本当にこんなことになるとは思わなかったんだ!!」と嘆くことになります。つまりアリとキリギリスです。そういうことは聖書で繰り返し語られています。たしかに世界の終わりを吹聴する人はあまり正しい生き方ができているとは思えません。しかし、そういう人達が愚かであるということと世の終わりが来ないということには何の関係もありません。そして私個人の観察から言わせてもらいますと、人類の不義と不法はまったく正されることなく侵攻し続けており、人類が自力で引き返すことのできるラインはもう越えてしまっているような気がします。だから何だというわけではないのですが・・・このままで済むとは思えません。
 

>ハブヒア様

 投稿者:宮本  投稿日:2018年 2月 8日(木)16時18分8秒
  へえ、そうなんですか。そんなにも本来の信仰から逸脱したものなんですね。仏教的・日本的な感覚だけでキリスト教の信仰を評価したりするのは適切ではないということでしょうか。宗教が違うのですからどのような信仰が正統であるかは、その判断基準が違うのですね。
それからカトリック教会はそんな大変なことになっているんですか・・・多分欧米の人は日本の仏教僧を敬虔で慎み深い、まじめな人達であると思っているはずです。実際は違います。そして普通の日本人は欧米のキリスト教の教父らをやはり敬虔で慎み深い、まじめな人達であると考えていると思うのですが実際は違うんでしょうか。まだ少し情報が足りないようです。
 

(無題)

 投稿者:ハブヒア  投稿日:2018年 2月 8日(木)01時24分3秒
  宮本様へ
マリアを信仰する事の薦めは聖書のどこにも書かれていないからです。
マリアは崇拝はしても、キリストに勝る信仰をする人はやはり邪悪だと思っています、聖書に書かれた事を信じていないからです。
新約聖書には、私(キリスト)は道であり命であり真理です。
私によらないでは誰一人として神の元に来る事はできません。
というような事が書いてあり、マリアではないと思います。

他には、【ローマ法王は大獣】で検索しても反キリストだと書かれたブログは普通に多いですよ、ね。
キリストの十字架の死は失敗だったとか、世界統一宗教を作ろうとしていて聖書に書かれている事に加えようとしているから等等の理由で。
久保有政さんが書かれたこのサイトの記事でも過去のローマ法王の悪事等についても書かれています。
自分が良いと思える事をしていないで悪しきことを行っている、それは自分ではなくもはや自分の中に住む罪である。とも新約聖書に書かれていて、ローマ法王が自分は疚しい事をしているという自覚があるやなしは人間には分からないけど、神には分かるとすれば、どう裁くのかです。
影響力を持ったローマ法王がキリスト非難をする事などはやはり考えものだと思いますが。

 

そう言えば

 投稿者:宮本  投稿日:2018年 2月 7日(水)09時50分14秒
  仏教徒の帰依の対象は三宝です。仏法僧です。仏というのは仏陀のことです。僧というのはつまり教団のことです。しかし「法」とは何でしょうか?
仏陀が在世の頃は法と言ったらまさしく仏の教え、仏の言葉であると言えば済みました。しかし仏陀がいなくなってしまった後はそれまでと違って経典が成立します。そして「経典=法」と定義するのは少し乱暴であるような気がします。曹洞宗や臨済宗つまり禅の継承者に言わせれば経典は真のよりどころではないと言う可能性が高いです。それとは反対に日蓮宗などでは経典そのものが場合によっては仏陀以上の帰依の対象になったりするわけです。経典が真理そのものかと言うとそれは宗派によって意見が割れます。また仏教でなくとも孔子や老子は日本人や中国人であれば宗教家であろうとする人には必読です。果たして経典=法なんでしょうか。しかし経典=法でないとしたら経典とは一体なんなのでしょうか。少し混乱するところがあります。

>ハブヒア様
聖母マリア信仰というのはそんなにも邪悪なのですか?私は仏教徒が観音様を拝むのと同じようなものなんだろうとのんびり思っていたのですが、それは危機感が足りないんでしょうか。

>一読者様
仏教の衰退はだいぶ深刻です。一度崩壊した方がよいのではないでしょうか。
 

良心ある仏教徒の仏教新改革を期待する

 投稿者:一読者  投稿日:2018年 2月 5日(月)14時02分8秒
  仏教の今後は純粋に真實の追及を恐れず.古来より人為的に混合寄せあわせた仏法を分解浄化。真理を考証求め、内容を明らかにし、純化、新生するところに希望がある。浄土宗などキリスト教思想を土台に据えている宗派は勇気をもって宗教改革を断行し、神が認める根拠ある本当の贖罪と極楽を保障する救いの内容に全面的刷新することが責任ある関係者の責務であると考え、奮起を希望する。  

天門教会

 投稿者:大城勝  投稿日:2018年 2月 5日(月)08時27分26秒
  東京都中野区にある天門教会です。

説教はとても良かったのですが働き人が足りていませんでした。
お近くにお住まいの方がいらっしゃいましたら、
一度は礼拝に参加して欲しいと思いいました。 _(._.)_

https://www.youtube.com/watch?v=JV1wWYZJUx0

http://www.jesus4-25.com/kyoukai/masaru-2.html

 

(無題)

 投稿者:ハブヒア  投稿日:2018年 1月27日(土)17時54分39秒
  ローマカトリックの事を大獣と見ているキリスト教福音派の牧師の記事は普通です。
この事は、キリストが再臨した時に分かる事だという前提において…
 聖書のどこにもマリアを崇拝しなさいとは書かれていないのにカトリックの信仰はキリスト以上にマリア信仰が強いと感じるのは私だけではないはずです。
マリアは一般の人ではなく、神に選ばれた人だけど、神の母ではないし普通の人間の何者ではないと思っていますが不思議な事もあります。
マリアのファティマ3つの預言では、第一次世界大戦はいつ終結し、その後に第二次世界大戦が始まる事など当たっているそうです。
3つ目はいまひとつはっきりしないままです。

皇室に関わる様々な問題も多いです。
エフライムは聖書の中で神に怒りをかわれている民で今でもその名残りが消えないままあるのかと思ったりします。

前後しますが、秋田県のカトリック教会のマリア像が血の涙を流しているなどの話もあり、その血は人の血とは変わりない事が証明されているようです。
マリアはサタンの化身か?神の使いか?
久保有政さんはどう見ているのでしょうか?

 

高額納税、日本一

 投稿者:大城勝  投稿日:2018年 1月26日(金)22時27分56秒
  20万件の動画を配信している、斎藤一人さんの観音像です。
https://www.youtube.com/watch?v=YSQ_avFidkg

クリスチャン以外の人は、彼のお話しを聞くとすぐに洗脳されてしまいます。
お友達に彼のファンがいましたら、ひとりさんの実態を教えてあげて下さい。

★ 吃驚するほどの信者さんがいて、どの動画も視聴回数が凄いです。
https://search.yahoo.co.jp/video/search?rkf=2&ei=UTF-8&dd=1&p=%E6%96%8E%E8%97%A4%E4%B8%80%E4%BA%BA

協力出来る方は彼の動画に、下の質問アドレスのコピー貼り付けをお願いします。
ひとりさんに質問です。http://www.jesus4-25.com/kyoukai/hitori.html

http://www.jesus4-25.com/kyoukai/masaru-2.html

 

簡単に調べてみたのですが・・・

 投稿者:宮本  投稿日:2018年 1月26日(金)21時16分56秒
  カトリック教会が獣、カトリック教会が実際に奉じているのは悪魔であるという説はなんとインターネットで簡単に、いくらでも見つけることができました。驚きました。こんな極端な説がこうも大っぴらに主張されているとは。ただ私自身の意見を述べることが許されるのならカトリック教会が悪魔を崇拝しているというのはいずれも状況証拠だけであるように思えます。と言いますか、私がよくわからないのはそもそも悪魔崇拝を実際に行ったのはいつの時代の誰で、どの程度の規模を持ったかということです。私が知る限り悪魔を崇拝したことで歴史に名を残している人はいません。悪魔というと漫画や小説で取り上げられることの多いテーマだと思うのですが、歴史にその根拠を求めようとすると途端にあいまいになります。想像で言うのですが、もしかすると欧米の人は魔術は当然として錬金術や占星術なんかも悪魔崇拝と結びつけてきたのではないでしょうか。どのような現象を悪魔の顕現として定義するべきなのでしょうか。

>受験生様
え、女性蔑視ですか?私が知っているキリスト教の女性差別と言ったら女性がローマ法王になったことがないことぐらいです。

>よしゅあ様
ははあ。そう言えば天国にも序列があるらしいですね。報酬にも差があるんでしょうか。
 

(無題)

 投稿者:ハブヒア  投稿日:2018年 1月26日(金)15時36分30秒
  久保有政さんの天皇家はエフライムの子孫だという証拠をあげていた記事を読みまして、信憑性はあると思っています。

しかし、エフライム族というのは聖書によれば陰謀と謀反を繰り返して10の王朝が立ち上がったと書かれているブログがあるし、事実、聖書にもエフライムの不義の事が多々書かれています。
天皇家は現在も多くの問題を抱え、非難のブログが物凄い数ありますが、それも先祖のエフライム族の過ちから来ている災いでもあるのでしょうか???
天皇家を悪く書いたブログの数数にはとても心が痛むと同時に、天皇家にも問題はあるようにも思います。

 

(無題)

 投稿者:受験生  投稿日:2018年 1月19日(金)00時30分16秒
  このサイトには、いかにもキリスト教は女性蔑視の向きはないと書いてあるように見えるが、実際にそうなのだろうか?  

最後の審判のさばき

 投稿者:よしゅあ  投稿日:2018年 1月14日(日)21時40分19秒
  今年もよろしくお願い申し上げます。
黙20:12~13を読みますと、最後の審判は、おもに第二の復活になった人にさばきが行われるように読めます。しかし、使徒信条、マタイ25:31~46、ローマ14:10~12、コリントⅡ5:10を読みますと、キリストにしたがっていた人もふくめ、全人類すべてが裁きを受けるようです。使徒たちのようにキリストにしたがっていた人も裁きを受けるのは不思議な感じもしますが、最後の審判でのさばきというのは、?神の国に行くか地獄に行くかを明らかにするため。?神の国に入れる場合、どれだけの報酬を受けるべきかを明らかにするため。この2点のためのさばきと考えてよろしいのでしょうか?
 

反キリストの大獣

 投稿者:ハブヒア  投稿日:2018年 1月14日(日)21時00分10秒
  世界統一教会、幸福の科学、多神教崇拝のモルモン教などの反キリストの宗教人達は、私が神だとか、キリストだとか、キリストの十字架は失敗だったとか聖書にない教えをしている宗教人が小獣なら、新約聖書のヨハネの黙示録に書かれている「私はやもめではないのだから飢えを知らない」と言っている獣や、10の頭を持つ獣の代表格はローマカトリッ○なんでしょうか。
表向きはキリストも認めているけど、それ以上にマリア崇拝が強いっていうのはどういう事なのかという事は薄々察しがつくからです。
 

応答がありませんね・・・

 投稿者:宮本  投稿日:2018年 1月14日(日)12時19分49秒
  長田様からの応答がありません。まあ聞きたいと言ったのはこっちですし解説する義務などないので構わないのですけど。
幸福の科学の教義を少し調べてみましたが、この宇宙を指導する大霊としてのエル・カンターレとその化身である大川隆法・・・この考え方はキリスト教を始めとした一神教の考え方と仏教の仏身観を応用したもののようです。ただそれは他の宗教においても見られる傾向ですのでここでは省きまして、幸福の科学の独自的な「霊」「霊界」という考え方を述べてみたいと思います。
まずこの宇宙は多重的な階層から成立していて最低が地獄、最高がエル・カンターレの住まう九次元宇宙界となるそうです。たとえば私達が住んでいるのは三次元地上界、天使が住んでいるのは七次元菩薩界といった具合です。そして人間は心のありようによって天使にも悪魔にもなれるというのが教義の基礎です。日本仏教で似たような考え方をした人がいます。空海です。彼も人間のレベルを十の段階に分けて一番上を秘密荘厳心、一番下を異生低羊心としました。幸福の科学では「心の向上」ということをそのスローガンにしていますのでおそらく仏教(密教?)も取り込んだのでしょう。信者は自身の本質が霊であると見て出来る限り健康的な精神状態を保ち、そうすることによってプラスの霊を呼び寄せてマイナスの霊を退ける・・・ということを生活の指針としているようです。ただ、教義の弱点としましてはまず「目標が明らかでない」というのがあると思います。キリスト教では「永遠の命を目当てにしなさい」とあります。仏教では「輪廻を克服しなさい」とあります。幸福の科学では「明るい心を保て」と教えるわけですが、どうしてそうしなければならないかというつまり人間の霊的な現実において極端な楽観論があります。すべての前提としての考え方に「死は幻想である」というのがあって人間は最初から死を克服していると教えるようです。そこが弱点です。誰が何と言おうと死は簡単には克服されません。これは日本仏教だと本覚思想が多分類似してきます。「人間は最初から悟りを開いていて克服しなければならないことなどない」と教えるわけです。これは人間存在の無条件の肯定をもたらしますが、必然的に弛緩ももたらします。やはり宗教において「目的意識」「目的の設定」というものは大事なのではないでしょうか。また少し攻撃的な言い方になるかも知れませんが、キリスト教においても仏教においても「死」や「輪廻」や「来世」といったものにはもっと痛烈な現実があると思います。
 

(無題)

 投稿者:ハブヒア  投稿日:2018年 1月 8日(月)23時16分14秒
  いつ頃だったか正確な記憶はなく、とにかく昔の話ですが、歌手の小川知子さんと、作家の影山民夫さんが幸福の科学の宣伝塔として活動していたという記憶がありますが、大川氏の事を最近検索して分かった事の1つに影山民夫さんは自宅の火災で死去していて、大川氏は影山さんの霊を呼び出して火災の時の影山氏の霊が語る(本物ですか?)様子など口寄せしている記事もあります。

幸福の科学は知る範囲では、仏教、キリスト教、イスラム教が混じった感じで一体何を信仰の要に置いているのかは分かりませんでした。
聖書は死人の霊を呼び出す事は禁止しているし、天地万物創造の神は私以外の者を神としてはいけない。と言われているのに大川氏のやられている事はやはり半キリストと思ってしまいます。
悪魔もその配下の悪霊の霊であっても、善意の神の存在も持ち出さない事には信者は信じませんしね……
大川氏を創造の神だと信者が信じているなら、どうか聖書を読んで聖書の内容を確認して下さいと心から思います。

 

せっかくですので

 投稿者:宮本  投稿日:2018年 1月 8日(月)15時42分41秒
  下に挙げました生長の家の教義を簡単に説明してみようと思います(注意してください。宮本は生長の家の正式な構成員ではありません)。
私が学んだ限りにおいてまず生長の家では何を信仰するかとか何を崇拝するかとかそういうのは重要でないようです。重要とされているのはまず人間の物質的な条件はすべて本人の霊体・精神体に従属していて、正しい理解と知識そして姿勢に基づいてそれらを浄化・自立させていけば物質的条件に基づく問題たとえば病気や貧困などは自然と解決されて人生が好転する・・・といったところだと思います。要約して言いますと生長の家で大事なのは「信仰」でなく「健康そのもの」と言っていいと思います。
蛇足かも知れませんがこの教義の弱点を述べてみますと、まず極端な唯心主義に陥りやすいというのがあると思います。「衣食足りて礼節を知る」という言葉を持ち出されると弱いです。つまり「物質的に豊かになって初めて精神的に豊かになれるのだ。その逆はない」と言われると多分困るはずです。また人間には欲望とかありますのでそうしたことも課題になると思われます。
それで長田良則様、後学のために幸福の科学の教義を少し教えて頂きたいのですが・・・
 

神の国の福音を伝えたい。

 投稿者:ハブヒア  投稿日:2018年 1月 7日(日)00時01分0秒
  あけましておめでとうございます。

久保有政さんが書かれたレムナントの記事は全て読ませていただきました。
今でも毎日訪問しては繰り返し読んでいます。
それから、ユーチューブ動画で久保さんの主に教会での説教の動画も全て観ました。
これだけの記事等を書かれているからには、相当に勉強されている方だと思いましたが、ユーチューブの動画の中で久保さん自ら、本を千冊読んだと言われていたので成程と納得がゆきました(千冊も読んで他の事がやれましたか?)

私が聖書の神を知ってから34年が経過しましたが洗礼は受けていません。
大川隆法氏他の偶像礼拝をしている宗教に騙されないように、確かな聖書の内容を知っておくためにも口語訳の聖書協会の発行する新旧約聖書も勿論読んでいます。

早く神の国が来ればいいと切実に思います。
(エルサレムに第三神殿が建つ時が大きな目安ですよね!!?)
そのためには神の国の福音を広める必要があるという事を久保さんの記事で目にもしてますので、機会がある度に神についてのコメントを滑り込みでさせてもらってもいます………
全く無関係なサイトでのコメントなのでまずいかなと思いながらも真実の神を知ってほしい一心で!神に関して無知な人に目覚めてもらいたい一心で!
やっております。
そのサイトではコメントを消されていないので有難く思い感謝しています。
削除されないのはこれも神の働きかとの思いもあります。

 

あけましておめでとうございます

 投稿者:宮本  投稿日:2018年 1月 1日(月)10時10分45秒
  また折を見て書き込ませていただきます。今年もお手やわらかにお願いします。
そういえば日本人とユダヤ民族の年の越し方や新年の捉え方、正月の過ごし方には共通点があるらしいですね。たまにネット上で失われた十支族の話などを聞くことがあります。また日本語の起源がまったくわかっていないというのは科学的な事実らしいです。キリスト教には仏教と違ってドラマチックな要素があるようです。
 

反キリストの霊

 投稿者:ハブヒア  投稿日:2017年12月31日(日)17時13分41秒
  幸福の科学の大川隆法氏の事は昔から名前と顔と生年月日のみは知ってはいたけど、下の投稿を読み、自分を宇宙創造の神だと言っている…そのような教えをしている事にびっくりしてはじめて大川氏の事をネットで検索してみましたが、聖書を正しく理解しているとは思えず、エホバをアラーの神と書いてみたり、新しい時代に合わせて救いの有り方も変えられていいとして勝手に聖書の預言を変更したりするような行為をして滅茶苦茶な人だと思いました。
死人の霊を?呼び出して口真似をしたりした動画も見ましたが明らかに反キリストの霊だと私も思いました。
自分を神だと言う事1つ取っても反キリストの霊でなくて何なのでしょう。
 

今年もありがとうございました。

 投稿者:よしゅあ  投稿日:2017年12月31日(日)16時25分15秒
  今年もこのサイトや貴レムナント誌をとおして、聖書を多く学ぶことができました。ありがとうございます。今年も自分の両親や親せきを信仰に導くことはできませんでしたが、来年こそはすくいに導けるようにしたいと思います。
このサイトをご利用になっている皆様方のご家族にも、主が信仰と安全と健康の恵みを豊かにお与えくださることを祈ります。
北朝鮮問題も、戦争にならずに解決できる良い知恵を、主が各国政府にお与えくださることを祈っております。
来年もこのサイトをとおして、多くの日本人が信仰を持つことを祈ります!
 

エル・カンターレ

 投稿者:大城勝  投稿日:2017年12月27日(水)18時31分5秒
  私が生長の家に観に行こうとすると、神様がストップをかけるのでまだ行ったことがありませんが、
大川隆法さんは、自分自身が宇宙を創造した神と名乗り、その名をエル・カンターレと言っています。
エルとはエロヒムのエルで、自分の等身大の金の偶像を作ってそれを拝ませています。
数万人規模で集まる集会も何度か行きましたが、彼が説教している時は手を合わせて拝んでいます。
ただの霊能者なのになんで分からないのだろう・・・。反キリストの霊ですね。

http://www.jesus4-25.com/kyoukai/masaru-2.html

 

幸福の科学ですか

 投稿者:宮本  投稿日:2017年12月27日(水)15時02分19秒
  私は新興宗教だと生長の家の谷口雅春の著書をいくらか読んだことがあります。なかなかおもしろかった覚えがあります。幸福の科学のことはよく知らないのですが、よくポストに投函される冊子や違法にアップロード(つまり本当はよくないことですね)された動画をたまに見ることがあります。情報を断片的に見てみますと、どうも宇宙やこの世界を指導・指揮・激励する一種の統合的な意識を想定していてそれをエル・カンターレと呼んでいる・・・といったところでしょうか。なんともスケールの大きな話です。  

レンタル掲示板
/58