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(無題)

 投稿者:明子  投稿日:2007年 5月23日(水)00時08分8秒
  撚お誕生日おめでとう撚  

けんちゃん一周忌

 投稿者:コンドル斉藤メール  投稿日:2007年 1月28日(日)11時37分58秒
  もう1年経ってしまったんだね。
昨日はけんちゃんの一周忌法要。たくさんの友達が集まりました。ご住職もびっくりしていたね。
けんちゃん、そっちの世界に行くのはちょっと早かったけど、いつかは私やみんな友達も行くからさ。
そん時は大好きな焼酎飲んで、またみんなで宴会しよう!!だからちょっと待っててよね。
 

来年は

 投稿者:明子  投稿日:2006年12月31日(日)20時38分27秒
  平成18年 年頭 目標をふたりで掲げた
明子「遅刻をしない」
健策「病気をやっつけて明子を嫁にする」
ふたりともぜーんぜん守れなかった。ちっとも達成出来ないダメダメカップルになってしまった。
今年も残り、ほんの僅か  この一年、多くの方に支えられ、何とか次の年を迎える事ができそうです。ありがとうございます。
皆様、よいお年をお迎え下さい。幸多き一年となりますように
 

クリスマス

 投稿者:明子  投稿日:2006年12月31日(日)01時45分53秒
   けんちゃんと知り合って初めてのクリスマス。 その日も彼はお仕事、新日のホールだった。暇そうにしていた私を「見に来れば」と誘ってくれた。二階立ち見席のチケットを購入し、上段から観戦した。プロレスの知識は全く無いので、試合開始直後は選手ではなく、リングサイドでシャッターをきるけんちゃんの姿を見て楽しんでいたのだが、時間がすすむにつれ、素人が見ても興奮するような熱のはいった試合に引き込まれていった。
 選手に送られる声援に交じって《けんさく~》と、叫びたい衝動に駆られる。もし、この先、結婚して子供に恵まれたら、子供にパパの仕事っぷりを見せてあげよう。それができたら『《けんさく~》って応援するのよ』とおしえよう と、思いを巡らせ、ひとりにやにやカウントを聞いた。
 試合の合間に必ずけんちゃんはリングサイドからこちらの様子を伺うように私を視線で探してくれた。私はその度にふざけてアツイ投げキッスを送った。
 こんな日を思い出し、〝クリスマスはプロレス"と勝手に等式を作り、今年もいざホールへ!丁度、交友のあった選手の試合が多数あったので楽しさ倍増だった。 試合終了後、グッズ販売コーナーには彼が撮影した写真を貼ったサイン色紙が並んでいた。予期していなかった出会いにドキドキドキ… 嬉しさと照れくささと そして今もここに控え室にけんちゃんが居るような気がした。〔もうチョットかかるからゲーセンで待ってて〕とメールが来たらいいのにナ と、携帯を握りしめ、ホールを後にした。
 けんちゃんと一緒に過ごす日曜日の深夜のテレビは決まって日テレ。クリスマスの夜も何となくテレビを点ける。ノアでは三沢選手の特集。インタビューを交え、デビューから今までの試合映像が流れる。 「あっ!けんちゃん!!」大声で叫ぶ私。 あちこちに見事に映り込み、仏頂面でカメラをぶんぶん回してました。キャノンの赤いウェストポーチを腰に巻き、走ってました。
 テレビに向かって特大の投げキッス♪をした。
    Merry Christmas!

 クリスマスプレゼントが届いた。
 

けんちゃんのベンチ

 投稿者:明子  投稿日:2006年12月22日(金)03時43分0秒
   街角の交差点では、ほんのチョッとかがんだらパンツを拝むことが出来そうなミニスカートの女の子が男の人とアツイ視線を絡めている。消防車は右に救急車は左に、警戒音を轟かせ通り過ぎて行く。師走のフツーの風景…
 ’05・12・19 けんちゃんは再入院した。その時の彼は家の中でトイレに立つだけで呼吸が激しくなる程、胸水が肺を占領していた。
 そんな、日常生活もままなら無くなる、ほんの数日前の天気の良い昼下がりに私は彼を散歩に連れ出した。今、思い返すと何て酷な事をしたのだろうと反省の一字だが、その時は「この後の治療に耐えられる様、体力維持しなきゃね。ゆっくり歩こう」と半ば強制で家を出た。以前にも度々歩いた北沢川緑道。途中、暇そうに寝そべっている犬に話しかけ、家々の窓を飾っているクリスマスディスプレイを眺め、陽だまりを楽しみながら歩いた。その当時、金八先生の再放送をしていて、「どーしても見逃がせない」と言うので、茶沢通りで引き返すことにした。12月の弱い日差しにきらめく川面が眩しかった。 帰り道も休憩をはさみつつ、過ぎ行く人々や犬たちを見送った。緑道の両端には桜の老木がどしっと構え、葉の落ち切ったこの季節は、枝の間から陽光を感じる事が出来る。そんな中、植樹間がぽっかりと空き、枝に邪魔されずにたっぷりと光を楽しめる場所に丁度よく設置されたベンチがある。缶コーヒーを片手にふたりで座った。
 '05~'06の東京の冬は異常ともいえる程の低気温だったのにも関わらず、その場所はとても暖かく、幸福に包まれていた。その時、どんな話をしたのかあまり覚えていない。だが、太陽と空気の香り、頬を撫でる光、缶コーヒーのぬくもりは、はっきりと蘇る。
 家に戻ると柔らかい光が惜しみなく部屋に差し込み、今までに感じた事の無い温度を感じた。この家に引越しして一年以上経っていたが、この季節、この時間に家に居ることは皆無だったので、こんな景色を目の当たりにするのは初めてで、「いい家だねぇ」と言葉が飛び出し、ふたりで笑った。
 現在、あのベンチは緑道改修工事のため撤去され、あとかたも無い。来春、桜の咲く頃、その場所は水を湛えた小川の水面がたくさんの日差しを受け、輝き、流れてゆくのだろう。
 

(無題)

 投稿者:明子  投稿日:2006年11月 4日(土)04時08分19秒
  大変遅くなりましたが、和香子さん、えっちゃん、メールありがとうございます。
書きたいことは山ほどあるのに、何故か近頃、日常生活を送るうえで必要最低限のことしか出来ず、ここまで辿り着けませんでした。
けんちゃんと過ごした日々が過去のものになるのが怖くて、時の流れを止めることが出来ない事は解っているものの、新しい記憶により思い出が薄らいでしまうのではないかという恐怖感から思考という行為を自分のなかで遠ざけていたような気がします。でも、こうしている間にも私は時を刻んでいるし、ちゃんと生きていかなければ と、思える瞬間がちょっと長くなった。
今日、生まれて初めて、まつげのエクステをした。
皆様ご存知のとおり、私は厚い一重瞼で、睫毛の本数も少なく、細くて短い。美容整形くらい、目が大きくみえるようになるかな?と、期待大で目を閉じる… 数十分後、睫毛が長くなっただけの私が鏡に映る。が、これからがタイヘン!まつげのエクステは糊で人工毛を自毛の接着している為、水分を嫌うそうだ。よって、洗顔後も濡れたまま放置せずドライヤーで乾かすと長持ちするそうだ。刺激により毛が折れるので目をこすったり、うつ伏せで寝るのも厳禁。
ということは、涙を流すことも控えめにしなくてはいけないの?我慢できるかな…
こんな現金すぎる私を見て、けんちゃんは苦笑いしてるかな?
 

ご冥福をお祈り致します

 投稿者:悦子メール  投稿日:2006年 8月26日(土)01時53分21秒
  けんちゃん、結局お会いする事ができず非常に残念でなりません。アココと2人でけんちゃんのコートを選びに行った時に私はまだ見ぬけんちゃんの体型や顔を根堀りは掘り聞きました。幸せそうに答えるアココを見て、きっと素敵な人なんだろうなぁと想像していました。会えるのを楽しみにしていたので残念でなりませんが、痛みから解放され天国から笑ってアココを見守ってる事でしょうね。けんちゃん心配しないでね。私は昔からアココに沢山支えてもらったの。今度は私が支える番。でもかなり頼りない私だからけんちゃんのお世話になるかもね。けんちゃん私からもありがとうと言わせてね。アココがいっぱい幸せもらってた事私は知ってるから。

http://8928.teacup.com/kensaku/bbs

 

健策さんとの想い出

 投稿者:和香子  投稿日:2006年 8月24日(木)04時18分50秒
  明子さん、ここでは初めまして、ですね。
お正月にお電話頂いた岡崎と申します。

近年お正月に年賀状のやりとり&ごくたま~に電話するくらいだったため
病気のことを知らずに今年の年賀状で知り驚いたのが1月1日。
即電話をしたけど病院なので当たり前ですが健策さんは出られず
明子さんが入院先などを教えてくれましたね。

夫と私が病院に行ったのが1月4日。
結局病気にかかった後健策さんに会ったのはその1回となってしまいました。
でもあの時会えて本当に良かったと思ってます。

健策さんと夫は17年ほど前に仕事で出会った友人で
私は10年ほど前夫に紹介されて一緒に飲みに行きました。
私もお酒が大好きなんで意気投合し
夫込みや夫なしでも飲みに行ったりカラオケに行ったりして
楽しく飲める友人でした。

結婚式の際にはカメラマンをお願いしました。
ホテルのカメラマンじゃ緊張しちゃうので
健策さんにお願いすると快諾してくれました。
おかげで自然な表情の写真がたくさんあります。

披露宴では歌も歌ってもらったんですよ。
山根 康弘の♪Get Along Together♪
当時カラオケに行くと健策さんがいつも唄っていた唄。
ビデオにその歌声が残ってます。

最近ふと健策さんのことを想い出し掲示板を見てみると明子さんの書込みが。
お盆でみんなの様子を伺いに来ているのかもしれないですね。

半年か・・・
なんだかもっと前のようなもっと最近のような。
お葬式の時棺の中で見た健策さんの顔が微笑んでいるように見えて
その顔が今でも忘れられません。
 

あの夏の花火

 投稿者:えっちゃん  投稿日:2006年 8月17日(木)14時52分38秒
  二年前の八月十六日、佐原の花火大会の日。毎年お盆の最終日に開催されるので、『派手な送り火』の様な感じです。(もちろん、雨天荒天順延ですが)
私のファミリーと弟のファミリーと姉とけんちゃんで花火を見に行く事に。
けんちゃんに会ったのは確か二度目で、『おい、明子』とまるで亭主関白な旦那さんの様に姉を呼んでいた姿が印象的だった。
それ以上に、けんちゃんに対する姉の態度が私にはとても不思議に見えた。(こんな『つくす』あここ、見たことナイ!)
打ち上げ場所からそう遠くはない、誰もいない穴場で、私達は花火やビールを楽しんでいた。
けんちゃんは写真を撮る為に、距離をはかったり、ずっとカメラを操作していた。
後日、頂いた写真には、花火と半透明の私達が写っていた。(珍しく、失敗したらしい)当時はまだ、病気を発症していなくて、坊主頭ではない、元気なけんちゃんが一緒に写っていた。

昨日の佐原の花火は、濃い霧の中行われたけど、きっとけんちゃんは『特等席』で見ていたにちがいない。
 

半年記念

 投稿者:大久保明子  投稿日:2006年 7月28日(金)00時12分58秒
  けんちゃんが亡くなってから、早半年。
今朝、プレゼントが届きました。夢に出演してくれました。

下北駅からの帰り道。アタシはけんちゃんのカメラバックを自転車のかごに入れ、ふたり並んで、いつもの道を歩く。 いつの間に出来たのかイイ感じの和食屋出現。今夜の御飯はここにしよう!と、早速店内へ。ひととおり飲んで、食べて、満腹、満足。
何故かその店は宿泊付きらしく、自宅はすぐ近くなのに、お泊りすることになる。場面は変わり、八畳間くらいの和室。一組のお布団にふたりで横になる。《熱いよ》布団の中に私の体温がこもるようだ。私は、眠くなると子供のように手足どころかカラダ中が熱くなるのをけんちゃんは知って
るくせに《更年期障害じゃないの?》《え`っ!》
意地悪して、けんちゃんの腕に巻きついた。けんちゃんの腕はとっても冷たかった。
 

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