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NPO法人青少年自立援助センターの活動のご紹介

 投稿者:床呂英一メール  投稿日:2011年 9月28日(水)21時36分41秒
  私はTAMA日本語共育ネットワークの例会に出席して情報交換をしていいます。9月の例会ではNPO法人青少年自立援助センターの田中宝紀様のお話しをお聞きしました。すばらしい活動をされていることに感心しました。他団体MLでもご紹介したいと話したところ対外PRにご協力くださるとのお申し出があり、子どもメールにご送信くださいました。そして他団体MLへの転送についてご了承くださいました。お話しいただいただけでも大変ありがたいことなのに、更に対外PRにご協力いただき、厚く御礼申し上げます。以下子どもメールにご送信くださったものを転送します。

皆さま
お世話になっております。NPO法人青少年自立援助センターで統括コーディネーターをしております田中です。
先日、床呂英一さんからメールがありましたTAMA日本語共育ネットワーク、私は会員ではないのですが9月24日に行われた例会(東京都国立市)にお呼ばれし外国にルーツを持つ子どもたち支援における多文化コーディネーターの役割と活動についてお話しさせていただきました。少し長文になりますがその際の内容を共有させてください。

私共NPO法人青少年自立援助センターでは、昨年度より虹の架け橋教室を東京の福生市と足立区(2011年度)で受託しています。また、清瀬市内では厚労省系の補助金を使って、清瀬市の委託で外国にルーツを持つ子どもたちのための学習支援の場を開いています。

3か所の教室に70名の外国につながる子どもがおり、それぞれ週5日、1日4~6時間の日本語や教科学習支援を実施している他、多文化コーディネーターを配し、子どもたちを取り巻く地域内外のリソース・・・学校、家庭、ソーシャルワーカーや児童相談所などなどを適切なタイミングでつなぐことで、複雑に絡み合う、子どもたちが直面する問題や課題を解決しようとしています。

TAMA共育ネットワークに参画しているのはそれぞれの地域のボランティア日本語教室や外国人支援団体ですが、みなさん現場で各々に外国につながる子どもたちと出会い、向き合い、「日本語を教える」のみでは解決しない多様で困難な状況を目の当たりにされています。

そこで、次の一歩を地域日本語教室としてどのように歩んでいくか。地域日本語教室が外国につながりを持つ子どもたちのために何ができるか、それを考えるためのヒントになれば、ということで今回、ネットワークの例会にお呼びいただき、当法人の多文化コーディネーターの実践や経験をお話ししました。

概要をお話しさせていただいた後、意見交換を行いましたがみなさん「財源」と「人」をどう確保していくかに強い関心を持たれていたようでした。財源については、その確保だけでなく、そもそもそれがあるべきかどうか、という視点も含まれ、私個人にとっても再発見の多い議論となりました。

外国につながる子ども支援にとって多文化コーディネーター的な、日本語教室の内外をつなぐ活動が必要であるという点ではネットワーク内だけでなく、多くの方の賛同を得られるものと思いますが、一方で、その役割と付随して発生する「責任」や、家庭訪問や学校訪問等でやればやるほど金銭的にも「マイナス」(活動費用)が発生するコーディネーター的な業務を「ボランティア(≒無償)」団体が、どのように取り込み、変化させていくのか。非常に興味深く思っています。

当方の場合、「先に財源ありき」で事業の大方を形作ってゆきます。「多文化コーディネーター」はその財源と事業計画に基づき大枠の絵が描かれ、そこにその役割を担う担当者が現場での経験を取り込み色をつけつつ成立しているものですが、ボランティア団体の場合は、「先に人ありき」=色が塗ってあるキャンバスの上に、「財源、あるいはそれに代わる何か」という線を引いて形を作る方が良いのかもしれない、などと思いました。

【日本語を教えることに興味を持つ人】と【多文化コーディネーター的な役割に興味を持つ人】は、別のキャラクターだという指摘もしつつ、では、「ボランティア多文化コーディネーター」を募集してはどうかという提案もさせていただきました。
活動費用(コーディネーター活動に要する交通費など)のみ拠出し、人件費は無償で、さらに教室のニーズに合わせて役割や責任の範囲などを限定したり解釈しなおしたりすることで、ボランティアによる多文化コーディネーションが可能なのではないかと思いましたが、すでに実践されている地域や団体などはあるのでしょうか。

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特定非営利活動法人青少年自立援助センター
子ども日本語教室
統括コーディネーター 田中宝紀
〒197-0022  東京都福生市本町117-1 スプリングバレー福生201
tel 042-552-7400
MAIL ikitanaka@kodomo-nihongo.com
URL  http://kodomo-nihongo.com
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中国のツイッターのメッセージ

 投稿者:床呂英一メール  投稿日:2011年 4月 7日(木)19時59分46秒
  以前、大阪豊中国際交流協会等に所属し、現在上海の復旦大学に勤務中の中津美和様から中国のツイッターのメッセージをご紹介いただきました。

この中で私が一番胸を痛めた情報は下のメッセージの②です。
『福島の50人の勇士』についてお分かりと思いますがご説明します。アメリカは原発から80キロ以内のアメリカ人に避難を勧告しました。それだけに発電所に留まって放射能対策をしているということで「犠牲覚悟の英雄」と考え、ニューヨークタイムズなどが東電社員たちを『福島の50人の勇士』と讃えているのです。私はこのことの情報は読んだことがありませんでした。テレビで警察や自衛隊の人たちが放水などをしている映像には年配の隊長とともに比較的に若い警察官、自衛隊員などが出ているので、原発の現場で作業をしている方の平均年齢が50歳以上とは思いませんでした。
もし事実なら危険を承知の上で志願したのではなかろうかと思わず涙が溢れてしまいました。
中国語のものもあります。全部見たい方は私にご連絡ください。

以下はメッセージです。
①東北地方太平洋沖地震についてはここ上海でも連日報道されている。その中で、中国の人々は何に注目し、心を動かしたのか―。中国のネット社会で最も影響力が大きいといわれる新浪網の中国版ツイッター「微博」で、地震発生直後の1週間、特に転載数の多かったメッセージを追ってみた。
3月16日、「ヘッドライン・ニュース」 さん:「日本の会社員、20名の中国人研修生を避難させたあと津波に呑まれる」。内容は、「地震が発生、地が動き、山が揺れる中、佐藤水産株式会社の20名の中国研修生は高いところに避難した。専務の佐藤充が彼女たちを高みの神社に避難させたのだ。その後、佐藤充は妻子を探すために再び宿舎施設に急いで戻っていった。しかし宿舎はあっというまに津波に呑まれ、佐藤充は二度と姿を現すことはなかった」。転載数は34424件。

②放射能汚染が広がりはじめた3月18日、中央テレビのディレクターの許文広さん:「米国放送会社の報道によると、『福島の50人の勇士』はすでに181人と増加した。彼らの平均年齢は50歳以上。まもなく定年を迎える人もいる。彼らは生命が惜しくないのではなく、放射能を浴びると10年ひいては30年経てから発癌することもあるため、彼らは若者に代わってリスクを負うことにしたのだ。これは災害史上はじめて、若者でなく年長者が引き受ける救援使命だ。娘は『お父さん、生きて帰ってきて!』」。中国文化では孝行は子どもの義務とされている。転載115530件。

③被害に関する情報の合間を縫うように、ひとりの日本人老人の死亡が静かに伝えられた。3月19日、「師師_師」さん:「山崎宏―私は日本人の罪滅ぼしのために残ります:当時、彼は中国への侵略戦争を嫌って兵役拒否し逃亡、山東省済南市で70年間、無料診療を続けました。人々はとっくに彼の身の上を忘れ、ただの善良な老人と思うようになりました。彼は日本へ帰国する機会を諦め、『ここにはたくさんの友人がいるから』と残り、変わらず診療を続けました。10日前、彼は亡くなりました。臨終の時、彼は献体を申し出ました。彼の冥福を祈ってろうそくを灯そう―」。彼の生前の様子はしばしば地元新聞や月刊誌などで取り上げられていた。慕われ尊敬されていたという。転載は99026件。
 

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