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全58件の内、新着の記事から20件ずつ表示します。 1  2  3  |  《前のページ |  次のページ》 

(無題)

 投稿者:千の風  投稿日:2009年10月26日(月)23時11分58秒
  離壇の件、難しいですね。
ただ、民主主義といっても、その反動で今までの伝統を壊してしまい、今の社会を作り出していることもあると思います。
ある人は、お布施が困難なので、一般的に高額といわれている曹洞宗から、安いといわれている他の宗派に変えたいと考えたらしいのですが、なかなか難しかったようです。信心はお金ではないと思います。金額はその人の状況でいいとしかいえないと思いますが、お寺を維持するためには仕方ないのでしょうか。
そもそも、お寺はその地域の核であったはずです。誰でもお世話になるのですから。
宗教法人になった時点で、お寺の考え方を変えるべきであったと思いますが、当時の状況を考えると今言っても仕方ないですね。
いずれにしても、地域にあるお寺のあり方、その地域に住んでいる人の考え方、檀家ではあるがその地域には住んでいない(いろいろな事情があると思いますが、コンビニがあるからとか、ただ利便性を追求しての話なら、地方を守るという意味で論外です。)など、いろいろなケースがあると思います。ただ、先にも書きましたが、住職の資質の問題は別にしても、お金の問題や檀家のやるべきことをしないで物事を言うのは、民主主義でも何でもないと思います。地域に根ざした、地域の人が尊敬できる、地域の人の期待に応えられるお寺でないと、これから先どうなりますかね。
溝を埋めることをお互い考えるべきではないですか。
ただ、地方を守る、地方で生きることを考える必要がありますね。そうでないと、みんな東京に住めばいいのですから。行政もその方が税金を使いやすいでしょうから。ただ、それでいいのかしら・・・
 

写経会

 投稿者:お寺  投稿日:2009年10月21日(水)20時11分8秒
  11月の写経会の日程変更について。
毎月第1週におこなっている写経会ですが、今回は第2週、14日になります。
お間違えのないように。
時間はいつもどおり10時より始まります。
 

写経会

 投稿者:お寺  投稿日:2009年 9月26日(土)08時34分51秒
  新庫裡が完成し29日には落慶法要がとりおこなわれます。

10月3日(土)新しい庫裡での写経会が始まります。
新しい環境で気持ちよいひと時を過ごして見ませんか。
 

お寺について悩んでいる一人様

 投稿者:お寺  投稿日:2009年 9月25日(金)20時39分20秒
  お悩み良く分かります。
離壇するのにお金がかかるのは正直私も理解できません。

お布施は本来、自分の執着しているもの(つまり現在はお金?)を手放し
お寺に収めもらって頂くといった考えがきほんです。しかし
宗教法人となってしまった今、寺を維持するためにある程度のお金を頂かなくては
維持できないお寺が多くあるのも事実です。
そして、個人の利益のみを求めてしまう住職がいるのも事実だと思います。

信教の自由を認められている日本にいる以上、自分の信じるべき宗教(住職)を見つけるのは当然のことです。ただ、誰もが悩んでしまうのはご先祖様の存在ではないでしょうか。
何百年も同じお寺に世話になってきていることを考えると簡単に移してしまっていいのだろうかと悩んでしまうことでしょう。

お寺=坊主丸儲けというのは全くのうそです。多くのお寺は維持するために副業を持って赤字の穴埋めをしたり、他のお寺のお手伝いに行ったりと苦労している方も多くあります。ですから全部が全部の住職が傲慢でないことはあえて言わせていただきたいと思いました。

信じられる住職のもとでお経を上げられるようにというのはとてもいい考えだと思います。
本来の仏教に近いのかもしれませんね。
寺は特に明治時代以降脱線しすぎて、本来のあるべき姿を見失ってしまっているのかもしれません。

道元禅師の時代に近づく決意が必要なのかもしれません。
 

一般庶民の心の拠りどころでありますお寺の制度に関しまして

 投稿者:お寺について悩んでいる一人  投稿日:2009年 9月25日(金)15時30分42秒
  あらゆるところで規制緩和が進む中、お寺に関しましては、いまだ昔のままになっていると思います。
お墓に関しまして、他のお寺へお墓を移したいと思いましても自由に出来ない状況です。
現実的に、お墓を移すには移檀料を、これまでの住職へ支払わないと出来ませんので
法外な移檀料を前に一般檀家は、自由にお墓を移すことも出来ません。
これが民主国家といえるでしょうか?

傲慢な住職に対しても、一生我慢して、お布施を続けなければなりません。
移檀料を支払わなくとも、お墓を移せるようになりますれば、自分の好きなお寺に
お墓を移せるようになります。
その結果、人々に支持される住職がいるお寺にお墓、お布施が集まることになります。
今のお寺の制度には「自由と選択」がありません。

そもそも檀家制度は、江戸幕府がキリスト教弾圧のためにこしらえた制度であり、
いわば完全な保護政策。布教いらずで寝てても布施が入ってくるような制度で
一般檀家は、これまでに多くの不満を抱えてきたと思います。

ただ、自由にお墓を、自分が尊敬する住職のいるお寺に移せるようにして
頂けるだけで、多くの一般檀家の心が救われると思います。
傲慢な住職ほど高い移壇料を請求し、そこからお墓を移せないという矛盾に
満ちた状況になっていると思います。

お寺も、民主的なものになっていかないと、お寺への信頼感はなくなっていくと思います。
 

(無題)

 投稿者:お寺  投稿日:2009年 6月20日(土)21時08分49秒
  この先、お寺のあり方は変化していく必要はあると考えています。
しかしどう変化していくべきなのか、そこは日々悩んでいるのが現状です。
あまりにも本質からかけ離れてしまってはこまりますしね。

拠り所となれる寺。それがひとつのテーマでもあるでしょう。
世の中の人が必要としている限りは存在し続けるであろうし、
極端にいえば、誰一人として必要としなくなる時代が来れば消えていってしまうのかもしれません。
消えてしまわないことを願い、試行錯誤するしかないのかもしれません。
 

BBS

 投稿者:千の風  投稿日:2009年 6月18日(木)23時23分22秒
  最近80歳になる母が、死んだらお寺のやっかいになるのだから、先祖も含めて供養をしなければならないと、よく言っています。年を重ねてきた分、また家族を見送ってきたことでは理解できるところがあります。自分が死んだらお寺のやっかいになるのだからと・・・。今の世の中、心の拠所を求めているといいますが、求めるだけで義務?を果たしていない面が多分にあるのではないでしょうか。よく言われますが、成人式で成人としての権利と義務・・・。理解?意識しているのでしょうか。副住職も同世代と思いますが、どのように思っているのでしょうか。
仏教界の話もありますが、歴史に見るように、本来宗教は庶民のためにあった、そんために普及したのだと私は思います。
今の日本の宗教感は、歴史的に神仏混合もあり、欧米とは違うと思います。現在を従前の仏教の考え方でやっていくには無理が出てくると思います。檀家にしても、お寺にしても。前から話が出ているように、仏教引いてはお寺のあり方の問題にも影響してくると思います。特に、京都や奈良と地域的・歴史的に異なる地域では・・・。いかがですか?
 

(無題)

 投稿者:お寺  投稿日:2009年 6月17日(水)20時25分57秒
編集済
  いつも掲示板への投稿ありがとうございます。

千の風さんのおっしゃっている通り。私達凡人はそういった理想と現実の狭間でいつも悩み続けています。
しかし、そんな中でも現実ばかりを見て本当の仏教のあるべき姿を見失ってはいけないと考えています。
「きれいごと」「偽善的」と捉える方もいると思います。
しかし、あえて理想を言うことも大切なのではないでしょうか。今までの現実にない角度で物事を捉え、考えることは無意味ではないと思います。

仏教界も時代に合わせ少しずつ変化しています。しかし、本質はぶれないように、そして、できるだけそれに近づく努力をしていくことが大切な気がします。
理想に到達することはかなり難しい世の中ですが、共に日々修行です。
 

日々是好日

 投稿者:千の風  投稿日:2009年 6月15日(月)22時31分58秒
  いつも、なるほどと読ませていただいています。
ただ、一言。
現実と理想?との境を生きているのが私たちであって、仏教の考え方で世の中な動いているわけではない現実があります。
有言実行。少なくともこれを元に考えていく必要があると思います。
確かに、故事をひもとけばいろいろな格言等がありますが、結果論である部分が多分にあるのではないでしょうか。
その人の助けになれば問題ないのですが、絶対ではないと思えてなりません。特に今の時代では。
 

お釈迦様の誕生日・写経会

 投稿者:  投稿日:2009年 3月21日(土)17時39分13秒
  4月4日は写経会です。
10時より行います。

今年は庫裏改築中のため「花まつり」法要はいつものようにできませんが、
4日には甘茶を用意しておきますので、お釈迦様におまいりしていただければと思います。
枝垂桜を眺めながらどうぞおまいり下さい。
 

新年写経会について

 投稿者:  投稿日:2008年12月10日(水)22時35分6秒
  新年の写経会は第一土曜日が3日となりますが、みなさまお忙しい時期だということで、第2土曜日(10日)の10時からとさせていただきます。
お間違えのないようご参加下さい。
 

施食会について

 投稿者:  投稿日:2008年 9月23日(火)20時18分14秒
  お返事が遅れてすみません。
施食会についてということですが、以前お施餓鬼について掲載させていただきましたので(施食会=お施餓鬼ということで)法要の意味、内容については割愛させていただきます。

今年も9月29日に行われますが、施食会前の食事が今年はお弁当になります。

・お弁当11時30分より
・法要 13時00分打ち出し

施食料2000円
先祖代々回向 10000円(塔婆含む)
年回回向 30000円(何らかの事情により法事が出来ない方)

以上のような内容になります。
 

施食会

 投稿者:千の風  投稿日:2008年 9月17日(水)21時50分19秒
  施食会について教えてください。  

花まつり

 投稿者:  投稿日:2008年 3月18日(火)20時04分16秒
  花まつり=お釈迦様の誕生日です。正しくは降誕会(ごうたんえ)と言います。しかし、」人々には花まつりという呼び名で知られているわけです。正式には4月8日ですが、その前の土日に法要をされるお寺も多くあります。  

花祭り

 投稿者:千の風  投稿日:2008年 3月17日(月)23時18分33秒
  お釈迦さんの誕生日というのはいつなのですか。また、花まつりとの関係はあるのですか?教えてください。  

写経会について

 投稿者:  投稿日:2008年 3月 8日(土)16時13分40秒
  4月の写経会は
花まつりと重なってしまうため、
第2土曜日、12日(土)10時より行います。
よろしくお願いします。
 

はなまつり

 投稿者:  投稿日:2008年 3月 6日(木)21時19分37秒
  今年も、お釈迦様の誕生日をお祝いする「花まつり」を行います。
法要は4月5日10時より行います。
法要後コンサートを予定しています。詳しくはホームページ「花まつり」をご覧ください。
円通寺は枝垂桜がありこの時期に桜を楽しめることが、楽しみのひとつになります。
 

DL様ありがとうございます

 投稿者:  投稿日:2008年 2月14日(木)19時38分40秒
  坐禅は決してお寺でないと出来ないものでありません。
入門編として気楽にやってみることをお勧めします。好きな香りのアロマキャンドルなどを使ってもいいのではないでしょうか。
やっているうちにさらに詳しく知りたくなったり、本格的な坐禅がしたい場合は
寺で指導いたしますので、お気軽にどうぞ。
 

坐禅

 投稿者:DL  投稿日:2008年 2月14日(木)14時26分31秒
  新しい坐禅についてのページを見させていただきました。全くの素人の私でも細かい説明があり、とてもわかりやすいです。かわいらしい図も付いているので、見やすいですね!なにかと忙しいご時世ですが、時には心を落ち着かせる時間も大切・・・なんとなくから始めてみます。  

仏像について

 投稿者:  投稿日:2008年 1月21日(月)18時57分36秒
  千の風さま
いつもありがとうございます。
仏像については円通寺散策に紹介してあります。
まだ、内容に不十分な面がありますが、少しずつ紹介していきたいと思います。
 

以上は、新着順1番目から20番目までの記事です。 1  2  3  |  《前のページ |  次のページ》 
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