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離壇の件、難しいですね。
ただ、民主主義といっても、その反動で今までの伝統を壊してしまい、今の社会を作り出していることもあると思います。
ある人は、お布施が困難なので、一般的に高額といわれている曹洞宗から、安いといわれている他の宗派に変えたいと考えたらしいのですが、なかなか難しかったようです。信心はお金ではないと思います。金額はその人の状況でいいとしかいえないと思いますが、お寺を維持するためには仕方ないのでしょうか。
そもそも、お寺はその地域の核であったはずです。誰でもお世話になるのですから。
宗教法人になった時点で、お寺の考え方を変えるべきであったと思いますが、当時の状況を考えると今言っても仕方ないですね。
いずれにしても、地域にあるお寺のあり方、その地域に住んでいる人の考え方、檀家ではあるがその地域には住んでいない(いろいろな事情があると思いますが、コンビニがあるからとか、ただ利便性を追求しての話なら、地方を守るという意味で論外です。)など、いろいろなケースがあると思います。ただ、先にも書きましたが、住職の資質の問題は別にしても、お金の問題や檀家のやるべきことをしないで物事を言うのは、民主主義でも何でもないと思います。地域に根ざした、地域の人が尊敬できる、地域の人の期待に応えられるお寺でないと、これから先どうなりますかね。
溝を埋めることをお互い考えるべきではないですか。
ただ、地方を守る、地方で生きることを考える必要がありますね。そうでないと、みんな東京に住めばいいのですから。行政もその方が税金を使いやすいでしょうから。ただ、それでいいのかしら・・・
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